Home > かんな日記 > 事務長のつぶやき > 二宮金次郎について考える

こんにちは!事務長です。

早速ですが、今回は二宮金次郎について考えていきたいと思います。

みなさん、二宮金次郎という人を知ってますか?

 

二宮金次郎

本当の名は二宮尊徳(にのみや たかのり)といい、金次郎は通称で正確には「金治郎」と書くようです。

本名も尊徳(そんとく)と読まれることが多いが、尊徳(たかのり)が正しいようです。

今から約230年前の、天明7年7月23日(1787年9月4日)相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市栢山(かやま))に、百姓の長男として生まれる。

金治郎は若いころから、朝は薪とり、夜は草鞋(わらじ)作りをして、一家四人の生計を立てました。

二十歳で生家の再建に尽くします。

家を修復し、田んぼの一部を買い戻し、田畑を貸し出すなど収入の増加を図りました。

再建に成功すると尊徳は、地主・農園経営を行いながら小田原に出て武家奉公人としても働きました。

数々の再建を任され功績を挙げていった尊徳は、幕府の役人として働いたそうです。

 

 

 

みなさんもこの銅像を見たことがありませんか?

二宮金次郎は借金でどん底だった家や、貧しい人々の救済を、勉強と努力によって成功させてきました。

 

 

※著作権の関係で画像を加工してあります。

事務長が子供のころは、どこの学校にもあり「二宮金次郎のように、働いている間も時間を惜しみ、勉学に励みなさい。」と言われたものです。

 

それが何を勘違いしてか、最近の金治郎ときたら・・・

 

 

 

たまには腰を掛けて勉学に励みます。

 

 

 

 

 

 

薪が重たいと、傍らに降ろしての勉強。

チョット二宮金次郎のイメージが・・・

 

どうやら最近の「歩きスマホを肯定しているのでは?」という意見を受入れているようですが、仕事の時間までも惜しみ勉学に励む姿であったのになー

(´・ω・`)

 

 

 

 

 

最近では薪以外の荷物も背負うようです。

やはり二宮金次郎は勤勉ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「時は金なり」という諺どおり、二宮金次郎は時間を惜しみ、勉学に励むのであります。

 

もはや見習うべきものが見当たらなくなってしまった・・・

(´・ω・`) ロケットエンジン トウサイ カヨ・・・

 

 

「大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし。

 大事を成さんと欲して小事を怠り、その成り難きを憂いて、成り易きを務めざる者は、小人の常なり。

 それ小を積めば大となる。」

二宮金次郎(二宮尊徳)さんの名言です。

 

事務長でした!

(・ω・)/