Home > かんな日記 > 矢納高牛地区の民話「天狗と武市」

お昼休み神川町散策シリーズ♪
先日の神乃泉の帰りに見つけた、ちょっとした広場の「堂尻小屋」をご紹介です。
場所は「かんな接骨院」から車で約25分といったところでしょうか、矢納の高牛地区にあります。
堂尻小屋
こんなカンジで山道にあるものですから目立ちます。
休憩場所には「堂尻小屋」とあります。
堂尻小屋
意味は分かりません。ベンチはきれいで、テーブルにはデスクマットが敷かれており、手作りのパンフのようなものが挟まっていました。
天狗岩み石
「天狗岩み石」(多分)と書かれた札が立つ岩もあります。
堂尻小屋
水が出ている手水舎みたいなのもあります。
案内板もあるのですが、民話が記されているだけで、ここがどういったものなのかは説明されていません。
多分民話にある武市がアケビを取っていた近くだということかなぁ。
折角なので、案内板に書かれている民話を転載します。

民話 天狗と武一
昔、ここは秩父郡矢納村高牛耕地と呼ばれていた。この地に「武市」という子供がいた。武市は、文久年間の生まれで、秩父郡黒谷村で幼い時に縁あって高牛に住むようになった。山や川がなによりの遊び場だ。武市は、家の庭から眼前の砥糞岳を拝み、集落の裾を清めるように高牛川が流れ、山の幸、川の恵みにあずかりながら、季節の移り変わるなかで、何を感じていたのだろうか。—-
そんな武市が十二歳なかば、お天狗さまを見たと言う「うわさ」のある天狗岩付近の山に藤切りに行ったところ、「あけび」が喰いごろになっていたので、夢中でとっていた。時のたつのも忘れ、気がついたときは秋の陽は早くも西に山に落ちようとしていた。ふと、後をふりむくと、西陽を背にうけて、白髪の大きな老人が、異様な杖をもって立っている。「おい小僧、小僧。」「おいら小僧じゃねえ、武市って言うんだ。じいさん見たことねえが、この辺の人じゃねえな。」「いいからつべこべ言わずそのうまそうな、あけび、おれにも喰わせろ。」と言いながら近づいてきた。たくさん取ったのでわけてやったら、「ヤアありがとう。うまかった。親切な良い子じゃのう-。お礼にいいところにつれて行ってやるから、おれの背中に乗れ。---」おそるおそる背中に乗ると、どこかへつれて行かれた。二日たっても、三日たっても帰って来ない。武市の家では大騒ぎとなり、谷間に転落したのではないか?。それとも天狗にさらわれたのではないかと近所の人々も総出で探しまわったが、武市を見つけることはできなかった。
とうとう占師に見てもらったところ、昨日はあっち、今日はこっちと出るので、それ行けとばかりかけつけてみるが、武市の姿はどこにもなかった。村人は大鼓を打ち鳴らし武市ヤーイ、武市ヤーイ、と大声でさけびながら、さがし回った、五日目の朝、鳥羽の樫森の方角で、オーイ、オーイ、と叫ぶ声が聞こえたので、かけつけてみると、欅の大木の上で、武市が泣きながら助けを求めている。村人たちは急いで梯子をいくつも継ぎ足し、ようやく大木の上から武市を助けおろした。大人でも登ることができないような大木の上に、武市が一人で登る筈がないし、武市の話をきくと、山奥まで連れて行かれ、おまえによいことをおしえてやると言い、色々の草を採って、「これがくすり草だ、これを飲むと体が丈夫になって、おれのように空をかけるような元気になる。山には草がたくさんあって何でもできる。おまえも作ってみろ。」と言われて。くすりの作り方を教わった。
色々の話などから、やっぱり天狗のしわざだったかと結論がでて、村人たちはあらためて、天狗というものの存在に、恐れをなしたという。
武市は成人したのち、天狗から教えてもらったという「薬」を作り出し、近郊近在の人々に分けてやって、たいそう喜ばれていた。後に、公式に売薬業を営み、商売も繁昌し、その子の代まで、すなわち大正年間まで、この地で薬屋は続いていたという。
矢納高牛地区の民話「天狗と武市」より
(原文ママ)
天狗と武市
天狗はいろんなところで伝説となっていますね。ここでは薬を教えてくれたという伝説のようです。
そういえば神川町のウェブサイトには民話も紹介されていましたが、その地を巡るというのもイイねたになりそう。民話も面白いですしね。
その前に矢納地区、もう少し散策してみたいところが帰りがけにありました。
さて、次はどこへ行きましょうか。